室生寺 1961年(昭和36年)11月号社内報の記事(原文のまま) 小生が22歳の頃の投稿
春は桜、夏は蝉、秋はあざやかな紅葉、冬は美しく清い雪で化粧する。
女人高野室生寺。
今年の元旦に、初めて雪の室生寺を見ることができた。冬の室生はすばらしい
が、さすが元旦のため、拝観客は私を加えて五人くらいだったと思う。大きな鍵を
肩にかけた僧侶に導かれて、弥勒堂から金堂、本堂へと、仏像を心ゆくまで拝観
できた。
天平末期の比較的沈滞気味の頃、鑑真と共に来朝した、中国の仏師の作といわ
れる、唐招提寺講堂の如来形立像などは、後の密教系の諸佛に少なからず影響
を与えて、ここの弘仁の木彫にも、その官能的なボリュームと、翻波式の衣文にそ
れがみられる。
弥勒堂の釈迦如来座像の木目の表現と、翻波式の衣文のリズミカルな線は、そ
のボリュームと、見るからに男らしい顔立ちとから、実に端正にまとまって、平安初
期の代表佛にふさわしい貫禄を示している。
午後五時を過ぎ、杉木立の間に乱舞する雪も、次第にその烈しさを増し、あたり
も大分暗くなり、女人高野に立つ少女を思わせるような五重塔を仰ぎ、本堂、金
堂などの立体的伽藍配置の醸し出す空間の美を味わいながら、下山することにした。
先日、秋の室生寺を見にまた登った。道は相変わらず工事中だったが、(2年前の
伊勢湾台風で近鉄室生口大野駅から室生寺までの道路が大被害にあった)
以前よりは大分良くなった。秋は比較的拝観客が多い。寺側でも、各僧侶が手分け
してお経を略しての説明に忙しい。堂内に異様に響く鐘の音と共に、絶え間なく
老僧の声が聞こえてくる。
最近、新聞・雑誌で、室生の山も宣伝されているためか、若いハイカーも、赤や黄の
ナップサックを持って大勢訪れている。伊勢湾台風で被害を受けた道も、間もなく立派
に生まれ変わるから、名古屋からでも恰好な日帰りハイキングコースの一つに加えられると思う。
杉木立の合間に、その暗緑と対照的に映える美しい紅葉は、実にすばらしい。しかし、人影も少ない
雪の室生の、ひっそりとした中に、朱い堂塔のある風景の方が、なぜか私には好きになれる。